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2006.10.19 金沢城夜景
金沢城石垣の夜景撮影にチャレンジしました。
と言っても、その場の思いつきだったので、地面に置いて撮影しました。
EX-Z600は、どうも4秒までの露光ができるようで、以外と面白い撮影ができそうです。

東の丸石垣夜景
東の丸石垣夜景

撮影機材
CASIO EX-Z600
F2.7 4.00秒

東の丸石垣夜景遠景
東の丸石垣夜景遠景

撮影機材
CASIO EX-Z600
F2.7 4.00秒
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2006.10.16 いもり掘
いもり掘は、金沢城の南西側を囲む外堀です。

明治40年に埋め立てられ、陸軍用地を経てテニスコートとして使用されていましたが、近年調査発掘が進められ現在の形になっています。

いもり掘
いもり掘


東の丸石垣
いもり掘から見た東の丸石垣

2006.10.09 水の手門
明治8年(1875)歩兵第七連隊の駐屯地となった金沢城は、明治14年(1881)兵舎からの失火で多くの建物が消失しました。
そのときの火災による延焼を逃れたのが、石川門、三十間長屋、切手門、そして水の手門です。

水の手門
水の手門

水の手門
水の手門表側




撮影機材
CASIO EX-Z600
F2.7 1/125

撮影箇所 mapion
金沢城東丸の石垣です。
金沢城内でも最も古い石垣らしく貴重なものです。
野面積みで荒々しい感じが良いです。

今回の撮影では、野面積みの荒々しい感じを表現できませんでした。
またチャレンジします。

-案内板の抜粋-
文禄元年(1592年)、前田利家は急ごしらえの平山城であった金沢城の石垣改修にのりだします。この石垣は、城内で最も古い技法が用いられており、金沢城の初期の姿を伝える数少ない貴重なものです。自然石や粗割りしただけの石を緩い勾配で積み上げた「野面積み」になっています。
創建 文禄(1592~1595)頃


-参考-
ウィキペディア 石垣の積み方

東ノ丸北面石垣
東ノ丸北面遠景
2006.10.07 石川門
金沢城の成立や沿革はウィキペディアでもごらんいただくとして、撮影した写真をUPしていきます。

今回UPするのは石川門です。
石川県で最も有名な観光地である兼六園側から金沢城へ入る箇所に設けられている門で、金沢城を紹介するものには必ずと言っていいほど使われ、金沢城の顔のような存在になっています。
本来の正面入り口ともいうべき大手門は、石垣のみが残され、門としては現存していませんので、搦め手門である石川門が金沢城の正面入り口のようになっています。

石川橋と石川門
兼六園側から見た石川門

まずは身近なものを写真におさめて行こうということで、私の住まいの近くにあり、金沢を代表する観光名所の一つ、金沢城を撮影することにしました。

本日の午前中、散歩がてらに城内を廻ってきましたが、途中で激しい雨に見舞われ途中で帰ってきました。近所なので、また来週にでも本日廻れなかったところを撮影しに行きたいと思います。

しばらくの間、今回撮影した金沢城の写真を少しずつUPしていきたいと思います。
第一回目としては、加賀藩初代藩主、前田利家公に敬意を表し、白鳥路にある銅像を撮影したものをUPします。
前田利家公愛用の金鯰尾兜がまぶしい銅像です。
カラスがよく集まるところなので、夕方は糞害に注意が必要です。


前田利家
前田利家公像

撮影機材
CASIO EX-Z600
F2.7 1/80

撮影場所(Mapion)
http://www.mapion.co.jp/c/f?uc=1&grp=all&nl=36/33/44.729&el=136/39/55.320&scl=70000&bid=Mlink
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